投資銀行のファーストキャリア、悔いなし

今思うと宇宙人みたいな生活だった。

何かに乗っ取られたかのようにがむしゃらに働いたことしか覚えていない。毎朝7時までに出社し8時までにクライアント向けのデイリーレポートを執筆。その後は資料作成、ミーティング、データ分析であっという間に時間が過ぎ、夜20時ごろに一息つけるくらい。一息ついたあとは欧米チームをチェース。大抵家に戻るのは朝2時か3時ごろ。深夜前に帰るのは「早退」だった。それを毎日繰り返した。数兆円単位の案件中は土日もほぼ同じスケジュールだった。

投資銀行で過ごした5年間のプライベートがどうだったかとかはあまり覚えていない。
特に、日本で過ごした最初の3年間の記憶はない。
なぜかというと3年間のほとんど会社で過ごしたからだ。

恋愛なんて皆無。

もちろん、今になってから言えることがほとんど。5年目に辞めた時は本当に解放された気分でやりたいことをやった。何をやったかについてはこのエントリーで話している。

ただ、このタイトルにもある通り、「投資銀行のファーストキャリア、悔いなし」。

3つ理由がある。

まず、この宇宙人生活は私だけではなかったということ。
自分が所属していた投資銀行は他に10人の同期がいる。社内では150名近く同期がいたらしいが、投資銀行部門は別扱い。相当の宇宙人でないと内定をもらえないし、続かない。
よって、自分が全く悔いがない理由は自分のこの同期との出会いだ。
私は海外の大学を卒業したため日本の大学を卒業した同期とは数ヶ月の遅れでひとりぼっちで入社した。
その頃の自分の日本語はかなり「やばかった」らしく、
変な日本語しか喋れないこんな私に対して同期は全てを教えてくれた。

アフターファイブや週末の時間を確保することが難しかったため、
違い自分たちのスケジュールをある程度把握していた。
夜中にやっと仕事が終わって「今Maduroにのみに行ける人!」と声を掛けると数人いつも一緒に行ってくれた。
誕生日になると別の会議室に夜21時ごろにみんなで集まりささやかな祝いで仕事
の愚痴含めキャッチアップできた。

私も含め、ほとんどの同期はもう会社を辞めている。
金融関連もいれば、全く違う事業会社やスタートアップ関連の仕事をしている。
今でも頻繁に連絡をとっている。
別の会社に就職していたらそれはそれで別の同期に会っていたんだろう。
それはそれで全くどうなったかわらかない。

唯一言えることは、私がこの同期グループに会えたことは自分の一生の財産であるということ。

二つ目の理由。それは、かなりエキストリームな宇宙人として働いていたせいか、周りからの信頼感は得れたということ。あのスケジュールの中自慢でもないが(自慢か)一回も遅刻をしなかった。がむしゃらに働いていていた分、「あのゴールドマンで5年間生き延びた」という、
「頑張ったで賞」みたいなレピュテーションは築くことができた。

普通に考えるとあれくらいの業務をこなした若手だと、
今後もある程度のことは任せれるだろうという安心感が生まれるのかもしれない。
大規模の会社に属するメリットとしては、そのレピュテーションがかなり広いネットワークに広がるということ。特に投資銀行出身者は社会の幅広いエコシステムで活躍ができる。
となると、投資銀行のキャリアを終えたあとでもそのネットワークが繋がり、
〇〇さんが転職して〇〇のCFOになった、など。
あの数年間の頑張りが今も自分の仕事に恩恵を与えてくれていることは間違いない。やはり、人のネットワークと自分のレピュテーション作りはかなり重要だと毎回思わされる。

3つ目の理由。それはお金の自由を手に入れ、「やりたい放題」をやってみたこと。
最終的に働いていた時間を換算し時給を算出してみると投資銀行での仕事での報酬、特に最初の3年までは「一般のサラリーマン」とかわらない。
だが、年間で稼げた絶対額は「一般のサラリーマン」の数倍だった。同じ1年間で稼げる報酬が多ければ多いほど、あたりまえだが資産を築いていくことができる。
同時に、支出も同年代の社会人と比べ多かった。会社のそばの麻布十番のアパートは15万円したし、会社ビルにはいっていたエストネーションでは一回に数十万の買い物をしたりとストレス買いを何回もした。同期でレストランに行くと普通に一人1万円は楽に超えるグルメを堪能していた。

収入と支出を「やりたい放題できた」という達成感。
それを得られたことはとても自分の人生の中で重要な学びとなった。今となっては考えられないほどの支出だったがあの経験がなければ自分はどこかで満足してなかったと思う。それで永遠にその生活を羨ましいと思い嫉妬感覚も覚えてしまってたかもしれない。

今は全くその欲望はない。なぜなら、過去に経験済みだから。ブランド品も欲しければ買うが、毎シーズン新しい物を買う必要なんて全くない。グルメも引き続き大好きだが同時に600円のランチに感動したり節約を楽しんでいる。

「お金の自由」は永遠ではない。管理しないとどこかで使い切ってしまうことになる。それを社会人2、3年目の教訓として得れたことに感謝。

投資銀行がファーストキャリアだったことに悔いがないのも、全て「結果オーライ」だったからという重要な事実がある。素晴らしい同期がいて、周りからも認められ、その分報酬をもらえても「悔いがない」と言えない人も少なくはない。

ただ、唯一振り返って思えることは、自分が選択した道を常に「学び場」といて考えれるマインドを持つことって重要ということ。

「悔いない」と断言できるのも、今があってこそ。結局、仲間と学びとクレイジーがある人生が一番醍醐味があってスパイシーな人生ではないかと思う。