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安定したキャリアってなんだろう

小学校の卒業式の壇上、「大きくなったら国家公務員になりたいです」と言ったことをよく覚えている。他の子が保育園の先生になりたいとか、サッカー選手になりたいとか、小学生らしい宣言をするそばで、だ。 その後校長先生に、国家公務員って言ってもいろいろあるけどどんなことがしたいの、と聞かれて、「よくわからないけど安定した収入があればなんでもいいです」と答えた。 なりたいものなんて特になかったから、万年係長の地方公務員だった父と、地方出身で安定志向な主婦の母に、言われたとおりのことを口走ったんだろうと思う。 それなのに。 今、安定とは3万光年くらいかけ離れたフリーランスの仕事をしている。明日、来週、来月、今と同じ仕事をしているかどうか、さっぱりわからない。そもそも、仕事があるかどうかすらわからない。 しかも「そうだ、フリーランスになろう」と一念発起してなったわけでもなんでもない。自分のしている仕事の幅が広すぎて理解してもらうのが難しいので、職業はフリーランスですと言っているだけである。こんなに便利な職業名があって、本当に助かった。 ここ最近は、多くの人の活動や発信のおかげで、「フリーランス」という職業はとてもイメージアップしている気がする。WeWorkみたいなおしゃれなシェアオフィスで、赤ちゃんを片膝にのせながら、りんごマークのラップトップをカタカタしている感じ(当社イメージ) でも実際は、残念ながら大分違う。 おしゃれなオフィスにいる時もあるけれど、それはクライアントの素敵なオープンスペースに居座っている時。りんごマークのラップトップの日もあるけども、それはクライアント支給品で確実に私のものではない。片膝に乗るようなかわいい赤ちゃんはもういなくて、実際は「お母さんiPadやらせて〜」と3歳児が背後でエンドレスにごねている。 例え、素敵オフィスにりんごマークのラップトップな日があったとしても、そんな日は続かない。契約期間がいずれも短いので、違うクライアントの元を転々とするのが常なのだ。今までの人生で同じオフィスに通った経験は、最長でも2年。6年間通った小学校の校舎の方がよっぽど思い入れがある。 こんなふうに、今の私は安定とは程遠いことを収入源として生きている。 でも逆に言えば、そんなとてつもなく不安定なことをしても、生きていける程の収入にはなっているのである。(念の為言っておくと、夫も私と同じことをして食べているので、彼に頼っていれば私は何をしていても良いというわけでもない) 一方で、極めて安定しているものもある。 それは自分の勤務時間と家族の生活リズムだ。こちらはシアトルで仕事を始めた6年前から、ほぼ変わりない。 毎日9時ごろにラップトップを開いて、メールとスケジュールに一通り目を通したら、9時半くらいからカンファレンスコールの波が始まる。正午から1時までは、ランチ時間と称した自由時間を切り取って確保してあって、その時間に遠くの知人とZoomでキャッチアップしたり、散歩がてらランチを買いに出かけたり、気分転換に洗濯物を回したりする。 どんなに遅くても5時半くらいには店じまいをして、適当に夕飯をこしらえる。家族で夕食を食べたら、その後近所のジェラート屋さんまで散歩に出かけたり、家から徒歩3分の湖にプカプカ浮かびに行ったり。7時にちび達をお風呂に入れて、ごろごろしながら本を読んで、9時に消灯。私はその後、シャワーを浴びて、遅くても11時には寝ている。 フリーランスという形態になってからは、毎日どこか決まったところに通勤するということもあまりない。コロナウイルスが広まった今、これは相当先まで変わることはないだろうと思う。そんなわけで私の通勤路は、大抵ベッドルームからリビングルームまでの5歩だ。 そりゃもちろん大変なことだってあるけども、毎日が比較的ストレスの少ないとても平穏な日々である。 国家公務員にはならなかったけど、安定した生活って、割とこういうことなんじゃないだろうか。勤務先がつぶれても、リストラにあっても、したたかに食べて、楽しく生きていくスキルとネットワークを身につけて、娘は大きくなりましたよ。ね、お父さん、お母さん、そして校長先生。

孤独な「日本のフェミニスト」から抜け出す方法

日本のメディアを読んでいると、がっかりすることがある。「フェミニスト」という言葉があまりにもネガティブで暗い印象が残り、全体的に「かっこ悪く」扱われているからだ。 アメリカではフェミニストメディアは急成長中のメディア。インスタでは100万人のフォロワーを超えるアカウントが沢山ある。そのテイストも多様。マイノリティ向けだったり、起業家中心だったり、ピンクも白黒もなんでもあり。共通していることは、全てのプラットフォームが自信に満ち溢れ、自分たちで未来を変えていこうというミッションが湧き溢れているということだ。 一方、日本のフェミニストメディアはまだそれに達するレベルではない。インスタでも1万人のフォロワーがいるアカウントはまだ見つけれていない。多様性にも欠けている。 それはなぜだろうと考えた。すると、そもそも日本とアメリカではフェミニストの解釈が違うのではないかという結論に至った。 アメリカのFEMINISM/FEMINISTは「自分の価値と権利を知り固定概念から解放しより自由になろう」というムーブメント。FEMINISM/FEMINISTは女性だから特別権利を求めてもないし、特別扱いもしてほしくない。FEMINISM/FEMINISTは男性を嫌っているわけでもない。アメリカのFEMINISM/FEMINISTは社会に対して自分たちの価値を平等に受け入れてもらう自由を促進するムーブメントである。 一方、日本の「フェミニスト」ムーブメントはどうだろう。一部のインテリ系もしくはジャーナリストが「セクハラ」「性問題」の話題を中心に戦っている印象が強い。その戦いの多くは孤独であり、多くの批判の対象になる。それは同性からも。悲しくも日本の「フェミニスト」はメインストリームにはなぜか受け入れられない。同性からも邪魔者扱いされている。 異性や同性からも理解が得るフェミニストムーブメントをどう日本で築いていくか。 フェミニストは特別な人だけが語るものではない。フェミニストは性別、年齢を超える。フェミニズムは特別な瞬間だけでなく、デイリーのもの。キャリア、教育、リレーションシップ、日々の会話、子育てなど幅広い分野の話である。 よって、自分ごとで考えるのでなく周りを巻き込み自分もその渦に巻かれ世界を変えていくのがフェミニズムムーブメント。被害者妄想で動くのではなく、変化を信じるのがフェミニストムーブメント。自分の権利を主張し不公平があった時に発言力を高め立ち上がれる勇気がフェミニズム。 フェミニズムは戦うものではない。今の現実と共存する中で、自分自信どこまで変化をもたらせるかという部分に力を注ぐ。地球上全員の同意を得る必要もない。人の価値観なんてそんな簡単に変わるものではない。ただ、「変わろう」としている貴方には変われるチャンスはある。そのチャンスを逃さないでほしい。 もし心のどこかでフェミニズムと共感するところがあれば、もうあなたはムーブメントの一部。それを隠さずより表に出すことで仲間が増え社会を動かすムーブメントになるんだと信じている。 「Yes, I, too, am a feminist /はい、 私もフェミニストです」と、自信を持って声を張って言ってみよう。You might surprise yourself with who you might attract.Get moving.

日経記事に対してのオピニオン:世代別でみる女性のキャリアアップとは?

日経新聞を読んでいると、Women’sトレンドというセクションがあるので毎回チェックしている。 先日コメントすべき!と思ったデータと分析があったので今回はそれについて話したいと思う。4月26日の記事である。この記事は働く日本の男女800人を対象に実施した「キャリアアップ」に関する調査のまとめと分析である。まず最初気になったのはこの部分。下記引用する: 「働き盛りの30代、40代に「キャリアアップのために必要なサポート」をたずねたところ、男性は「技術的なスキル開発」(30.9%)が最も多かった。女性は「ボーナス、育休などのより良い福利厚生制度の充実」(41.5%)がトップだった。女性はワークライフバランスの充実を求めていることがわかる」 出典:女性「賞与・福利厚生」求める これを読んでまず最初に思ったのが「また’女性がワークライフバランスの充実を求めてる’系の話か・・・」。その次に思ったのは、そもそもこの調査は年齢別で判断しているが、追加で年収別で分析した場合は同じ答えだっただろうか、という点である。G7の中で日本の男女間賃金格差は最も高く、2017年時点で25%である。また日本での非正社員比率は男性の23%に比べ、女性の場合は53%を超えることが2019年「労働力調査」で発表されている。女性は男性より稼いでない。だから「ボーナス、福利厚生の充実」を求めるのは当たり前だ。 女性が求めているのはこの記事にある「ワークライフバランス」の充実ではない。 「ボーナス、福利厚生制度の充実」と明確にある。この記事はそれを無視してなぜかワークライフバランスというもう普段使われすぎている口実で抹消している。自分の功績が待遇で評価されていないのであれば男性が挙げた「技術的なスキル開発」なんてどころではないだろう。とりあえず稼がないと。 では、女性が男性と同じ水準で給料を払われていた場合はどうだろう。仮説しかないが、おそらく男性と似たような答えで自分自身の生産性を高めるサポートを求めるのでないだろうか。 次に、若い世代でみてみるとこれは納得できる結果だ。 キャリアアップのチャンスがあると思っているかという質問に対しては、「働き始めて間もない20代でみると、男性が57%だった一方で女性は40%にとどまっていた。早い段階からキャリアアップのチャンスを感じていないことがわかる」と同じ記事にある。全く満足していないが、これが今の現実なんだと受け止めることにした。アベノミクス対策が全く若い世代に響いていないという結果。女性管理職を増やすだったり育児サポートなど色々対策は打ち出されているが結局若い世代の女性がそれを信じないと意味がない。若い世代からこの考えだとさらに問題は深刻化している。 最後に、この記事は重要な調査結果を無視していたと自分は感じる。 記事に添付されているグラフを見ると、40代、50代に関しては男性より女性の方がキャリアアップのチャンスがあると感じている割合が高いことが伺える。これは結構面白いデータではないか。賃金が低いからキャリアアップの可能性もあると考えているのか、もしくは自分のスキルが過小評価されているためまだ次の道が見えているのか。男性がチャンスを感じていない中、逆の結果。40、50代の女性達の声を忘れないで欲しい。男性が逆にキャリアアップができると思っていない中なので、労働不足もあり手を挙げればチャンスはあるのではないか。 そのチャンスと意欲にプラスして企業が公平な賃金と福利厚生を提供するというソリューションを打ち出すことが不可欠である。 若い世代にも響く政策と結果をもたらすことが今早急に求められている。

「まだ」と「not yet」を使う理由

質問に答える時は「はい」や「いいえ」を使う事が普通。ある人にとっては、「いやー、私には無理。できない!」と否定的に答えるのが口癖。 皆さん、ご存知ではないか。そういう人のことを。 何を質問してもいつも「いや〜、無理、無理、無理!できない!」と答える人。 もしかしたら友達の中にいるかもしれない。 例えば、「午前5時に起きて5キロを走った事ある?」と聞く。 「いや〜、無理!できない!」と答える人はいるだろう。もしかしたら無理かもしれない。が、人生の中で、夢や目標を達成するためにはcomfort zone から離れる事は大事。使う言葉はさらに重要。 日本人であろうがアメリカ人であろうが、それぞれの口癖があり、今回のテーマはその無意識的に出てしまう口癖に注目したいと思う。 「言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから」という言事がある。 なぜ私はいつも「いいえ」よりも「まだ」を使う理由は、カノウセイを頭の中に生むからだ。 例えば、20代には、色んな職業、経験、旅にハマっていた。 「ミャンマーに行った事ある?」と聞かれたら、当時はまだ行っていなかったから「いいえ」よりも「まだ」と答えていた。 否定的な言葉で答えると無意識的に頭の中ではそのチャンスを可能性でなくなってしまうだろう。 むしろ、「まだ」は希望と意思を表す言葉ではないか。他人の為ではなく、自分の為に。  他の例をあげると、「ビジネスを立ち上げた経験はある?」 「まだ。」 もしビジネスを立ち上げたいと言う希望があって「私には無理、できない」と思っていても、それを口には出さない。「いいえ」とも言わない。単純な「まだ」の答えに変わると、ビジネスを立ち上げる事が自分の頭の中で可能性の範囲にシフトする一つのライブハック。 個人的に「無理」と思っていても、言葉が段々と考え事とより重要な考え方に影響して行く。 カリフォルニア州におけるドミニカン大学のマテユーズゲール博士の研究によると、目標を書く事によって目標を達成する可能性が42パーセントも高くなる。言葉を書くと言葉を話す力には同じ論理に従うだろう。最終的には、言葉が自動的に私たちの行動を影響して行く。 事前の言事によると、その言葉が私たちの行動、習慣、性格そして運命に繋がるので言葉の扱い、口癖には注意すべきだと思う。 次回は、誰かの質問に与えたら「無理」や「いいえ」の否定的な言葉で答えるより「まだ」と答えて見ませんか? Every Ireneはambitiousな女性と彼女達のALLYを応援するオンライン・コミュニティーです。

投資銀行のファーストキャリア、悔いなし

今思うと宇宙人みたいな生活だった。 何かに乗っ取られたかのようにがむしゃらに働いたことしか覚えていない。毎朝7時までに出社し8時までにクライアント向けのデイリーレポートを執筆。その後は資料作成、ミーティング、データ分析であっという間に時間が過ぎ、夜20時ごろに一息つけるくらい。一息ついたあとは欧米チームをチェース。大抵家に戻るのは朝2時か3時ごろ。深夜前に帰るのは「早退」だった。それを毎日繰り返した。数兆円単位の案件中は土日もほぼ同じスケジュールだった。 投資銀行で過ごした5年間のプライベートがどうだったかとかはあまり覚えていない。特に、日本で過ごした最初の3年間の記憶はない。なぜかというと3年間のほとんど会社で過ごしたからだ。 恋愛なんて皆無。 もちろん、今になってから言えることがほとんど。5年目に辞めた時は本当に解放された気分でやりたいことをやった。何をやったかについてはこのエントリーで話している。 ただ、このタイトルにもある通り、「投資銀行のファーストキャリア、悔いなし」。 3つ理由がある。 まず、この宇宙人生活は私だけではなかったということ。自分が所属していた投資銀行は他に10人の同期がいる。社内では150名近く同期がいたらしいが、投資銀行部門は別扱い。相当の宇宙人でないと内定をもらえないし、続かない。よって、自分が全く悔いがない理由は自分のこの同期との出会いだ。私は海外の大学を卒業したため日本の大学を卒業した同期とは数ヶ月の遅れでひとりぼっちで入社した。その頃の自分の日本語はかなり「やばかった」らしく、変な日本語しか喋れないこんな私に対して同期は全てを教えてくれた。 アフターファイブや週末の時間を確保することが難しかったため、違い自分たちのスケジュールをある程度把握していた。夜中にやっと仕事が終わって「今Maduroにのみに行ける人!」と声を掛けると数人いつも一緒に行ってくれた。誕生日になると別の会議室に夜21時ごろにみんなで集まりささやかな祝いで仕事の愚痴含めキャッチアップできた。 私も含め、ほとんどの同期はもう会社を辞めている。金融関連もいれば、全く違う事業会社やスタートアップ関連の仕事をしている。今でも頻繁に連絡をとっている。別の会社に就職していたらそれはそれで別の同期に会っていたんだろう。それはそれで全くどうなったかわらかない。 唯一言えることは、私がこの同期グループに会えたことは自分の一生の財産であるということ。 二つ目の理由。それは、かなりエキストリームな宇宙人として働いていたせいか、周りからの信頼感は得れたということ。あのスケジュールの中自慢でもないが(自慢か)一回も遅刻をしなかった。がむしゃらに働いていていた分、「あのゴールドマンで5年間生き延びた」という、「頑張ったで賞」みたいなレピュテーションは築くことができた。 普通に考えるとあれくらいの業務をこなした若手だと、今後もある程度のことは任せれるだろうという安心感が生まれるのかもしれない。大規模の会社に属するメリットとしては、そのレピュテーションがかなり広いネットワークに広がるということ。特に投資銀行出身者は社会の幅広いエコシステムで活躍ができる。となると、投資銀行のキャリアを終えたあとでもそのネットワークが繋がり、〇〇さんが転職して〇〇のCFOになった、など。あの数年間の頑張りが今も自分の仕事に恩恵を与えてくれていることは間違いない。やはり、人のネットワークと自分のレピュテーション作りはかなり重要だと毎回思わされる。 3つ目の理由。それはお金の自由を手に入れ、「やりたい放題」をやってみたこと。最終的に働いていた時間を換算し時給を算出してみると投資銀行での仕事での報酬、特に最初の3年までは「一般のサラリーマン」とかわらない。だが、年間で稼げた絶対額は「一般のサラリーマン」の数倍だった。同じ1年間で稼げる報酬が多ければ多いほど、あたりまえだが資産を築いていくことができる。同時に、支出も同年代の社会人と比べ多かった。会社のそばの麻布十番のアパートは15万円したし、会社ビルにはいっていたエストネーションでは一回に数十万の買い物をしたりとストレス買いを何回もした。同期でレストランに行くと普通に一人1万円は楽に超えるグルメを堪能していた。 収入と支出を「やりたい放題できた」という達成感。それを得られたことはとても自分の人生の中で重要な学びとなった。今となっては考えられないほどの支出だったがあの経験がなければ自分はどこかで満足してなかったと思う。それで永遠にその生活を羨ましいと思い嫉妬感覚も覚えてしまってたかもしれない。 今は全くその欲望はない。なぜなら、過去に経験済みだから。ブランド品も欲しければ買うが、毎シーズン新しい物を買う必要なんて全くない。グルメも引き続き大好きだが同時に600円のランチに感動したり節約を楽しんでいる。 「お金の自由」は永遠ではない。管理しないとどこかで使い切ってしまうことになる。それを社会人2、3年目の教訓として得れたことに感謝。 投資銀行がファーストキャリアだったことに悔いがないのも、全て「結果オーライ」だったからという重要な事実がある。素晴らしい同期がいて、周りからも認められ、その分報酬をもらえても「悔いがない」と言えない人も少なくはない。 ただ、唯一振り返って思えることは、自分が選択した道を常に「学び場」といて考えれるマインドを持つことって重要ということ。 「悔いない」と断言できるのも、今があってこそ。結局、仲間と学びとクレイジーがある人生が一番醍醐味があってスパイシーな人生ではないかと思う。

ランニングを始めたきっかけは「英語が喋れなかった」から・I started running because I could not speak English

(日本語版は英語版の後に続く) ランニングのきっかけは「英語が喋れなかった」から ロスから大阪に引っ越したのは9歳の頃。アルファベットも勉強せず、もちろん単語も勉強しなかったのでロスについたときは英語の一言も喋れなかった。ウェルカムトゥアメリカ。 アメリカでの生活のチャレンジの中で一番大変だったのは小学校の休み時間をどう過ごすかということ。小学校4年生の私にとって、20分の休み時間がとてつもなく辛かった。授業中は楽チン。決められた席に座り、先生に言われた通り授業を受ける。簡単だった。でも休み時間は別物。友達を探さないといけないし、向こうから誘われる程度まで仲良くないとダメ。「友達がいないあの子」にはなりたくなかった。だから本当に辛かった。10時になった途端、「友達がいないあの子」になるほど嫌なことはなかったのをいまだに覚えている。 言語のバリアがあるから自分が貢献できることなんてないと思い込んでいた。大人になると多様性は互いの学びになるということで逆に異国のカルチャーや違う見解をウェルカムする傾向があるが9歳児はそうでもない。文化の交換なんて考えてなかった。英語かナッシングだった。それでも友達を作らないとだめ。周りの同級生にどうにかして私を選んでもらえるように戦略的に考える必要があった。それがランニングを始めた理由。 周りの同世代より少し足が早かったことは日本にいる時に鬼ごっこやかけっこをやってたので、ある程度知っていた。なによりも、ランニングは英語を必要としなかった。ランニングは自分の足でできた。ランニングは「アメリカン」なルールに従う必要はなかった。 友達を作る一番早い方法は「日本から来たESLクラスの子」というレッテル以上のものを見せつけることなんだろう、と小学生の自分なりに考えた。本当にできるかわからなかったけど、その時の私には「走ること」しかなかった。 バスケではリバウンドを取るため必死で走った。ドッジボールではボールを避けるため必死で走った。かけっこでは次の男子に負けないよう必死で走った。 そして、そのボールをSarahにパスした。そして、Melodyの方向に投げられたドッジボールに当たらないように注意した。そして、2秒後に走り終えたSeanとはハイファイブをした。 体育の時間が私が唯一目立てる時間となった。 少しづつ、この「日本から来たESLクラスの子」が他の男の子と負けないくらいの速さで走れることが知れ渡った。その後、周りの同級生が自分たちのチームに私を誘ってくるようになった。ドッジボールやフラッグフットボール、テザーボールのチームメンバーに呼ばれるようになり、「勝利のための隠し球」として私を迎え入れてくれた。10時になれば私の肩を叩いて誘ってくれる頻度が増え、自分のドッジボール「仲間」とも呼べるほどの中の良い友達もできた。 そう、私の戦略が当たった。もう、一人ではなかった。 ラッキーなことに、走る能力が認められチームにも誘われるようになった頃と同時に、自然と自分の英語も上達してきた。体育の時間でしか目立たなかった「足の速い日本人の女の子」が英語を喋り始めた。相手の喋りも理解できるようになった。親指を立てた「オッケー!」以外の 返事もできるようになった。 今考えてみると、同級生と普通にコミュニケーションを取れないというチャレンジがなければ、ランニングをあそこまで追求していなかったと思う。もしかしたら数年後自然とランニングに出会えたかもしれないが、多分そこまで好きにならなかっただろう。走ることで、別の自分を創り上げることなく自然体の自分を表現できた。言葉が足らない時のコミュニケーションのツールとして使うことを幼い時に学び、自分なりにチャレンジに立ち向かう方法を得れたのではないかと思う。 初めは自分の英語力を補うためのランニングだった。それがその後高校時代に300人以上の生徒が属するチームのキャプテンとなり、ハーバードへの入学→卒論を完了する自信を与えてくれた。ゴールドマン・サックスでは、金融知識全くなしのまま5年間遅刻ゼロで勤めれた体力をランニングが培ってくれた。またその後も、金融でのキャリアを断ち自分のパッションと自由を追求する決断を下せたマインドと身体能力の源になるとは4年生当時私は思ってもいなかった。 ランニングは今でもとてつもない自信をくれる。 I was 9 when I moved to LA from Osaka. I did not even think about studying the alphabet, let alone any words in English, so when I arrived in LA I obviously could not speak a word of English. Werucome to Amelica. Out of all the challenges I had to go through in my transition to life in America, the most difficult part was spending recess in elementary school. 20 minutes of recess was the hardest thing for me as a fourth grader. Classrooms were great – we were forced to sit […]

初めてのファーストクラスラウンジで起こった「事件」を振り返る・Reflecting on My First Experience at the First Class Lounge

私は今、アラスカ上空あたりでこのブログを書いている。東京に帰る途中の便である。 よく使っている航空会社のファーストクラスラウンジに初めて足を踏み入れた時の経験を思い出す。この話は以前、私の親しい友人たちにも語ったけれど、今回読者の皆さんにもぜひ聞いてほしいと思う。 2015年から2016年にかけて、私は良く出張で飛行機に乗ることが多くその航空会社の最上位ステータスである「ダイヤモンド」と呼ばれるランクになった。ダイヤモンド会員になると、日本の主要空港であれば専用の部屋でチェックインができたり、いろいろ主張しなくてもアップグレードしてもらえたり、数百ドル相当のギフト券が手に入ったりと、何かと特典がある。特に私のように エコノミークラスしか乗らないような人で頻繁にあちこち出張に行く人にとってはなおさら。 他のビジネスクラスやスターアライアンスゴールドメンバーと呼ばれる人たちが使用するラウンジと、ファーストクラスに乗る人やダイヤモンド会員が使用できるラウンジは分かれており、そういうわけで私もファーストクラスの人が使用するラウンジを初めて体験することになった。​​この「エクスクルーシブ」なラウンジへの入り方は簡単で、レセプションでカードを渡すだけ(とっても誇らしげに)。それなのに、問題はそこで発生。 受付の女性が私に笑顔で挨拶をし(ここでは至れり尽くせり精神が旺盛でわざわざ自分の席へと紹介してくれるのだ)その時の言葉は本当に気まずかった。 「失礼ですが、奥様でしょうか?」 そう、私の前には中年くらいの男性がいたのだ。 もしかしてその男性に、私が近づきすぎていたのかもしれない。 でも夫婦のように会話しているわけでも、そういうそぶりを見せたわけでもないのに。 私のことを、「夫(ダイヤモンド会員のメンバー)に同行者としてそこにいるのだろう」と無意識で判断した彼女の「正直すぎる間違い」には悪意があったわけではない。それははっきりわかっている。 ただ、それにも関わらず、これは由々しき事態だと思うので、あえて言いたい。もちろんこの「事件」は私だけに起こった特別なことではなく、日々の彼女の経験から試算されたものなのだろう。彼女は普段から「女性は奥様であることが多い」「奥様は夫の同行者としてやってくることが多い」「本人がステータスを持っていることはあまりない」という事実をたくさん見ている。彼女が普段から「あなたはこの女性の旦那様ですか?」と聞いているシーンは、想像できるだろうか?たぶんできない。 この事件の後、私にははっきりと分かったことがある。 1.「エクスクルーシブ」エリア(ここではファーストクラスのラウンジ)に女性が一人でいることはとても珍しい。受付の女性はそれがわかっていたから、私のことを「夫の同行者」と精一杯のおもてなしの気持ちで推測したのだろう(でも違ったけど)。悲しいが、これが現実なのだ。この現実が終わるまでは、多くの「自分でこのステータスを勝ち取った」女性(同行者ではなく)がこのラウンジに訪れなくてはいけないのだ。 2.社会全体としては、女性が自分自身の力以外で特定の場所(ラウンジのようなエクスクルーシブな場所)にいると思い込んでしてしまわない気遣いが必要。(ラウンジはあくまでも一例で、要はそういう特権的だったり、業績で勝ち取る何か特定の場所ということ)もし女性がそういう場所にいるのなら、シンプルに彼女は自分の力でそこにいるのだと言うことが当たり前になるべきだ。 3.女性として、上記の1と2に関わらず、私たちはどこにでも(自分の力で)いられるのだと信じる必要がある。例えあなたがそこにいる唯一の女性だとしても、間違った風に見られたとしても、そこにいることを誇りに思おう 。「他の女性のための道づくり」というチャレンジも楽しんでみよう。 私はあなたにも起こった似たような事件についてももっと知りたいと思っている。こういうストーリーをもっと人に伝えてみよう。そうすることで、私たち女性がそういう場にいることが不自然じゃないということに気付けるはずだから。 I am writing this blog entry somewhere above Alaska. I am flying back to Tokyo now. I was reminded of my first experience stepping foot into the First Class Lounge of the airline I always fly with. I have told this story to a few of my closest friends in the past, and now I want to share this with my readers too – both due to its hilarity and deeper implicit bias placed on women. In 2015 and 2016, I flew a lot – so much that, despite only flying economy […]

全ての働く女性がGlass Cliff(ガラスの崖)の存在を知っておくべき理由

「ガラスの崖」と一言聞くと、滑り落ちそうで絶対行きたくない場所に聞こえる。私も初めてこの言葉を耳にした時「天井なんかよりも崖の方が断然怖いな」と思った。「ガラスの天井」を耳にすることは多い。女性のキャリアアップを拒む社会現象のことを示す、ジェンダーの話をするときによく引用されている。一方で、「ガラスの崖」の認知度はそこまで高くないだろう。個人的には、この比較的新しいコンセプトである「崖」は「天井」より今の時代を生き抜くキャリア志向の女性が認識しておくべきコンセプトだと考えている。なので、今回はこの「崖」について。 2018年現在において、Fortune500カンパニー(全米売上上位500社)の女性CEOは27名のみで、全体の5%にも満たない。これが「ガラスの天井」が存在することを裏付ける。一方で「ガラスの崖」は「ガラスの天井」の様に割合で示すことが困難、且つ複雑である。 「ガラスの崖」はイギリスの社会・組織心理学の教授ミシェル・ライアン氏らによって2004年に発表された。イギリスの上場企業を分析した結果、「女性がCEO・幹部ポジションやリーダーシップポジションに抜擢される場合、会社が危機や困難に直面している時の確率が男性より高い。結果、女性が抜擢された役割で失敗する確率が高くなる」という現象が見受けられたのである。女性がCEOを務める上場会社は「物言う投資家」の対象になり、解雇される確率が男性より高いという研究結果も出ている。しかしこの「崖」の因果関係についてはまだ全てが解明されていない。業績不振に陥った会社が事業再生のため今までとはまったく違うリーダーを必要とし、結果的に女性をCEOとして採用した可能性もある。あるいは、女性側の勉強不足が理由かもしれない。例えば抜擢された役割や会社について十分な下調べをせず与えられた役割に飛びついてしまうとか。原因はともかく、この「崖」の現象が存在すること自体、女性プロフェッショナルとして知っておくべきことだろう。重要なのはこの現象はCEOや幹部レベルの女性だけに言えることではないということ。CEOや幹部レベルでなくとも、新しい仕事を任せられることは日々あるだろう。異動を言い渡されたり新しい役割に抜擢される機会は社会人をやっている限り全く無い話ではない。今後、そのような事が貴方の身に起きた時に、この「ガラスの崖」について思い出して欲しい。そして、その時に自問自答して欲しい: なぜ、自分が選ばれたのか。自分のどの能力やスキルが評価されたのか。 誰が自分のスポンサー(社内で推薦してくれた上司)だったのか。引き受けた場合、周りにサポートしてくれる人はチームはいるか。 他に誰が候補として挙がっていたのか。自分は他の人が引き受けたくない役割を押し付けられてないか。 この役割・タスクを無事終えた先には何があるのか。それは自分が描いている将来のビジョンにマッチするか。 勿論、与えられた機会にはオープン・マインドで挑んで欲しい。自分の能力を信じて欲しい。困難な状況を引き受けるチャレンジ精神は絶対に失って欲しくない。 「ガラスの崖」を経験している女性は少なくはない。周りにも沢山いるだろう。 難しいクライアントチームのリーダーに抜擢された時、多忙期に社内イベントの幹事に選ばれた時、リスクが高い新規事業立ち上げの話が挙がった時。 重要なのは「ガラスの崖」がその先にあるかどうかではない。「ガラスの崖」が「ガラスの罠」であったとしても、失敗するかしないかなんてやってみないとわからないし、崖を恐れて新たなチャレンジに取り組まない方がリスクだと個人的には考える。 結局重要なのは、それを飛び越える自信と能力は自分にあるか、一緒に崖を飛び越えてくれるチームがいるか、万が一、崖にまっさかさまに落ちたとしてもよじ登る自分が見えるか。 私だからできる。私がやってみせる。その気持ちで挑んで欲しい。 P.S. 実際、「ガラスの崖」(Glass Cliff)を経験したエレン・パオ(Reddi社のt元CEO)やキャロル・バーツ(Yahoo元CEO)のインタビューがFREAKONOMICSラジオで聴けるので、時間があれば是非聴いて欲しい。

「心配性 (“Worrier”) から戦士 (“Warrior”)」になる道は意外と近い!

From Worrier to Warrior? そう、「心配性(“Worrier”) から戦士(“Warrior”)になる道は意外と遠くない! 普通に生きているだけで心配ごとは多い。特に、「優等生」気質の自分は常に心配事だらけ。Every Ireneで色々自分の意見を主張するけど一人で部屋の片隅でなにげに心配することも多い。「この新規事業は結局人が求めているものなのか」「最近〇〇から返事がないけど、何か悪いこと言ったかな」「このままの収入で大丈夫か・・・」 でも最近、こういう心配事を少なくしようとプロアクティブに動けるようになった。昔は夜、考え事をし始めたら寝れない日もかなりあったけど、今はそういう考え方もシャットアウトできるようになった。その方法を今回は紹介します! 心配事が頭の中に「ぼんやり」浮かんできてしまうのは本当に普通のこと。 人間である限り、自分のマインドで生まれてくる考えを否定することなんて相当難しい。特にインスタやFBでアップされる情報に左右されたりすることが多くなったのではないだろうか。 今回の方法は、まずその心配ごとに直面しマインドセットを変えることでかなり心が楽になる方法を紹介します。 It’s always worth a try! ステップ1: 心配ごと(Worry)をカテゴリー別に分ける。自分のコントロール外のものとコントロール内のものを明確にする。 ステップ2: コントロール外のものは無視して、忘れる!自分がどう頑張ったって、悩んだっても解決できないことに対して悩む時間がもったいない。コントロールできることに集中。 ステップ3: コントロールできるものに対してアクションプランをつくる。アクションプランも複雑にせず、今すぐできることにフォーカス。 ステップ4: アクションプランに対して結果を求めず、プランを実施した以上はコントロール外だと決める。そういう勇気は必要。 ステップ5: 自分のストーリーをシェアしよう。似たような事で悩んでいる大切な人に対して「一人ではない」ということを共有。 先ほど私の悩み事を例として挙げてみたが、上記ステップ別に考えてみよう。 「この新規事業は結局人が求めているものなのか」→そんなのやってみないとわからないし、他人がどう思うかは自分がコントロールできるものではない。ただ、やってみないとわからないのでまずは自分がコントロールできる「まずはじめてみる」ことにシフトする。それがブログの記事を書くことだったり、誰かにフィードバックをもらうだったり。少しやってみて、この事業が人が求めているものではないとわかったらすぐに変えてみる。「とにかく、悩む前にはじめる」ことに自分の時間と頭脳を使えるようにする。 「最近〇〇から返事がないけど、何か悪いこと言ったかな」→そもそも返事がない理由なんてわからない(コントロール外)。自分ができることはただ一つ:自分から返事する。それで何らかの答えがわかるだろう。返事を待つより自分からアクションすることでこれ以上悩む必要はない。 「このままの収入で大丈夫か・・・」→収入は受け取る側と差し出す側がいるという事を忘れないで。自分でコントロールできるのは自分の価値と交渉力。相手があなたをどう評価するかの判断は自分に全く関係ない部分でたくさんの要素がある:会社の財力、会社なら同期・同僚の評価、フリーランスなら競合の評価、市場全体の需要、など。ただ、自分でできることもある。それがコントロール内のことだ。例えば、悩んでいる時間があれば情報収集してみる。業界の平均収入はいくらか。自分の個人的な能力を一旦切り離して考えて客観的に考えるのもよい。もっと他に平均収入が高い業界はあるか。成長性が高い業界のことをもっと知ってみる。次に考えたいのは自分の価値をどうあげていくか。例えば、市場に出回っていないスキルを蓄えてみる。市場に出回っているスキルはアクセスがはしやすいが、出回っていないものはアクセスするのは難しい。ただ、今の時代情報は探せば絶対ある。収入なんてサプライとデマンドの世界で成り立っているので、収入をアップしたい人は絶対的に「マス」という道を選ぶとそれから上げるのは難しいということを知っておいてほしい。また、これもマスの考え方に反するかもしれないが、「交渉」してみるという方法を考えた方はいるだろうか。交渉の方法についてはまた別の機会で紹介するが、交渉してみないと結果なんてわからない。交渉力をつけてみて、実践すること。 最後に。 この最後のステップ「他人とシェアする」効果は自分自身に対して気持ちがとても楽になるという副作用ももたらしている。もちろん、自分の話を共有してもらった相手もあなたのストーリーで少し気持ちが楽になっただろう。自分勝手な行動かもしれないけど、もしこれをもっとたくさんの人がリピートし、共有できたら悩み事は自分ごとでないことがわかるし自分のVulnerabilityをさらけ出す事で悩みが人生のJust another challengeと思えるのではないだろう。Every Ireneのモットーでもある”Progress Over Perfection”も同じ考え。完璧に物事が進む事を望むより少しずつでも前進することが大切。 もし今何か悩んでいることがあれば、是非このステップ1-5をトライしてみて欲しいです。他にみなさんが使っている方法があればコメントで共有してくださいね!

男性目線でキャリアについて考えてみない?

「男性目線」のキャリアの考え方とは。簡単に纏めるとこういうことなんだろう。 「出産」という選択肢がゼロ。一生働くことを前提で人生を生きること。家族の大黒柱でいることがあたりまえ。 「出産」というテーマは女性であると常に考えることだと思う。男性の人生における「出産」の存在は大きく欠けている。 女性は「産める可能性がある体」で生まれ、「絶対に産めない体」の男性とは根本的に違うところがある。女性は「出産」にまつわる考えられないほどの葛藤を10代前半から抱えている。結果、それが自分自身を苦しめてしまったりキャリアやパートナー選択にネガティブな影響を及ぼしていることは事実として否定できないだろう。 「出産できる体」でいるためにすべきこと。妊娠しないように、されないように自分の体を守る対策とコミットメント。出産できる体かもわからない不安の中で過ごす日々。仕事はどうなるのか。流産の可能性と孤立。30代後半・40代を迎え、タイムリミットが押し寄せてくる恐怖。今まで築いていたキャリアがストップ。再スタートへの不安。パートナーとの距離感と関係の維持。 「産める可能性がある体」ってものはなんと美しく、罪なものだ。 一つ提案させて欲しい。この提案はかなり劇的であるかもしれないが、とりあえずトライしてほしい。5分間、目を閉じてみて。 「私が最初から産めない体だったら」。 自分は「産める可能性がある体」であるため「避けて通れない人生の試練」を背負っているという考えが生まれてしまう。男性は「出産」に対してほとんどが「子供がいつかできたらいいな」「子供も出会う女性次第かな」という程度だろう。その感覚で考えてみるのはどうだろう。 結局、産めるか産むかはその時にならないとわからない。わからないことに対して悩む気持ちも十分わかる。しかし、その悩みが自分の生産性や自分への教育・キャリア投資、将来のビジョンを抑えてしまうともったいない。出産に関しては、絶対悩む時がくる。その時は十分に悩むべきであり、その時はパートナーも一緒に悩みを抱え女性にのしかかる負担を分散するべきだ。ただ、その日がくるまでは男性のように「できたらいいな」「出会う男性次第」と考えてみたら心が軽くなるはず。選択肢が自分の目の前で広がる感覚を体感して欲しい。まずは目を閉じてトライしてみて。 もう一つ。この考えを持った上で、「一生働く」という男性の間では当たり前のコンセプトを考えてみるのはどうだろう。一生働くということは、定年までずっと働くことを指しているのではなく、家族を養うための安定収入と貯蓄を自分自身が確保し、「いつかやめる前提」で仕事をしないという考え方だ。 「結婚したら仕事をやめる」「子供ができたら仕事をパートにする」という考え方を抹殺。 男性は仕事に対しこのような考え方を持っているだろうか。真逆だろう。キャリアアップを求め、定期的に給料比較をし、成長性が高い業界選択を行い、ネットワーク構築に育む。キャリアを分断し社会から永遠に身を消す考えは皆無(全くこんなことを考えず終身雇用の恩恵を受けてゆるく仕事する男性も多いだろうが)。男性目線のキャリアは自分の市場価値を常に意識しているライフスタイルだ。 「一生働く、稼ぐ」という意気込みがあれば仮に仕事をストップする必要があったとしても次に再開する意欲を維持できる。その理由は明確:それまでに自分への投資を行なってきたから。辞めてしまうと機会コストが発生する。教育、業界選択、給料交渉、ネットワーク構築に今まで頑張ってきた自分。そんな簡単に会社や事業を辞めれるだろうか。ライバルが男性であることを前提に働けば低い給料で仕事を再開することに対して疑問を抱くことは普通のことだ。自分なりの意見と反発力を保てるし、場合によっては不利な雇用条件もリジェクトする力を持てる。「仕事は辞める前提」の考え方からシフトアウトし、自分の価値を男性比較対象で考えてみては。 また、大黒柱が男性でいることが当たり前という考えに違和感がないか。日本では男性が家庭の大黒柱であることが普通である。家族を支えるのは男性、家庭を守るのは女性という暗黙の了解の構造だ。 この構造が正しいか正しくないかはここでは議論しない。ただ、男性目線でキャリアを考えた場合、この大黒柱プレッシャー(悪くいうと義務感、良くいうと責任感)は多くの既婚女性は感じていないだろう。「いつか誰かと結婚してその人の収入で生きていく」「パートナーの収入があったらなんとかいけるだろう」「離婚しても慰謝料で生きれる」「パートナーを立てるため自分は家にいておこう」この考えを一旦捨ててはどうか。 「自分自身を養う力を最初からつけてみる」という考えを持ってみると人生は楽しい。より自由に行動ができるし、金銭的な理由に縛られずにパートナー選択ができる。自由に好きな人を愛し、自分が一番満たされる形のリレーションシップを築ける。大黒柱という古い表現になるが、「自分しかいない」というプレッシャーが常に存在する崖っぷちの人生が人生の醍醐味なのではないか。 女性全てがこのマインドで教育を受け、新卒の会社を選び、その後のキャリアを積み、パートナー選択や出産の判断をしたら世界がどう変わるだろう。 もちろん、出産や女性に対する差別は男性目線にシフトしたところで無くなるものではない。ただ、女性目線だけでものごとを考える必要はないということを伝えたい。出産、大黒柱は夫という期待値を自分の重しにするのではなく、より自由な、自分がコントロールできる選択があるということを覚えておいてほしい。大黒柱になり自分や家族を支えるかという選択肢も結局自分自身が決めれるべき。最初からその選択肢を自分から奪わないで。 「男性目線」でキャリアを考えるということは、まずは「女性目線」の固定概念に自ら背を向けること。女性だからこうであるべきという考えを捨て、自分が決めた方向へ突っ走っていくということ。マインドを少しシフトするだけで絶対的に変わる。なぜなら、あなたは自分を変えることができる人間だから。